「SMは痛めの愛情表現」新感覚SM漫画『縛って見つめて』完結・最終巻発売記念 多喜ざわゆきインタビュー

SMをテーマにした新感覚の漫画『縛って見つめて』の最終巻となる第3巻が発売されました。本作は二人の主人公、沢田課長と女王様・ナナのほんのりセクシーな優しい主従関係を丁寧に描き、幅広い読者から共感を呼んでいます。

著者の多喜ざわゆきさんはLunaのイベント「SMクリエイターまつり」に参加しており、ご存じのLunaユーザーも多いのではないでしょうか。

『縛って見つめて』の完結と最終巻(第3巻)の発売を記念して、多喜ざわゆきさんをインタビューしました。

『縛って見つめて』あらすじ
食品スーパー本社の販促課の課長を務める沢田。上と下との板挟みになり、苦労が絶えない。残業後のある日、一杯飲もうと入った店はなんと「フェティッシュバー」だった。そこで人気No.1の女王様・ナナによる緊縛を体験した沢田は、今まで感じたことのない快楽と解放感を味わう。しかしナナは、沢田の部下・長縄奈々と同一人物だった!?
第1話の試し読みはこちら
縛って見つめて – 多喜ざわゆき / 第1話 天国への扉 | くらげバンチhttps://kuragebunch.com/episode/2550689798270365714

 主人公の二人。課長の沢田(左)と沢田の部下の長縄奈々=女王様のナナ(右)
(©多喜ざわゆき/新潮社)

縛って見つめて 1巻【電子特典付き】 (バンチコミックス) | 多喜ざわゆき | 青年マンガ | Kindleストア | Amazonhttps://www.amazon.co.jp/dp/B0D66NW9HL

縛って見つめて 2巻 (バンチコミックス) | 多喜ざわゆき | 青年マンガ | Kindleストア | Amazonhttps://www.amazon.co.jp/dp/B0DMNK8XFV

縛って見つめて 3巻(完) (バンチコミックス) | 多喜ざわゆき | 青年マンガ | Kindleストア | Amazonhttps://www.amazon.co.jp/dp/B0FB8H9J11

目次

リアルと想像のバランス

ーー『縛って見つめて』のボンデージや緊縛、プレイシーンの描き込みには、多喜さんのフェティシズムが溢れていますね。すばらしいです。

多喜:ありがとうございます! プレイやファッション、仕草は、「1話に1つセクシーなショットを入れる」と決めて描いていたので、そう言っていただけてうれしいです。

ーーどんなことを意識して描かれたのか、ぜひ知りたいです。まずは、多喜さんが一番お気に入りのプレイシーンを教えてください。

多喜:第4話のプレイシーンを描けたときに、初めて「筆が乗ってきた」と思えました。なのでとても気に入っています。
実は、女性を描くのがすごく苦手だったので……読者が「この女王様、すてきだ」って、キャラクターに恋してほしいと想いを込めて描きました。

『縛って見つめて』1巻 第4話より(©多喜ざわゆき/新潮社)

多喜:漫画のタイトルは『縛って見つめて』ですが、緊縛だけでなくいろいろなSMプレイを描きたいと考えていましたので、実際に女王様や緊縛師、SMにかかわる方々を取材させていただきました。「こういう緊縛ってできますか」「こういうプレイを描きたいんですけどどうですか」などいろいろお聞きして、たくさん教えていただけましたので、みなさんに感謝しています。とくに、緊縛サロン「縛楽」(https://shibaraku.info/)主宰のたかせ秦之助さんには大変お世話になりましたね。

教えていただいたことは作品に生かされているのですが、どこまでリアルに描いてどこから想像で描くか、そのバランスにはいつも悩みました。

『縛って見つめて』はSM初心者の方に読んでいただきたいですし、SMの世界で活躍されているみなさんへのリスペクトもありますので、いい加減なことは描けないなと考えていました。

楽しく自由に描きたい自分の気持ちも大切にすることにして、プレイシーンは自分で考えて描きました。「沢田さんをどういじめるかは、私の楽しみにさせてもらおう」みたいな感じで(笑)

読者の方から「描かれていたプレイを真似してみました」と言っていただいたこともあって、こんなにうれしいことはありませんね。

ーー女性を描くのが苦手だったとは! 意外でした。ナナ様は魅力的な女王様ですが、ファッションもすてきです。描くにあたり、何か参考にされたのでしょうか。

多喜:ナナ様のボンデージも自分でデザインを考えて、飽きないように毎回変えました。
毎回同じ衣装を描くのは大変なんですが、毎回違う衣装を描くのも大変で……。
でも、「美しい女性が美しいボンデージファッションを着るって、最高だ」と思っていますので、それが読者のみなさんに伝わっていたらうれしいです。

 (左)『縛って見つめて』1巻 第5話より(右)『縛って見つめて』2巻 第8話より
(©多喜ざわゆき/新潮社)

ーータイトルにもありますが、ナナ様の「見つめる」視線がとても印象的ですね。

  
(左)『縛って見つめて』2巻 第8話より
(中央)『縛って見つめて』2巻 第9話より
(右)『縛って見つめて』3巻 第13話より
(©多喜ざわゆき/新潮社)

多喜:先ほどもお話ししましたが、私は女性を可愛く描くのが苦手なので、目をキラキラさせてまつ毛をバシバシに気合いを入れて描いたら、思いのほか褒めていただき、これは気抜けないぞと(笑)。

興奮しているときは黒目の中心を白くする、心が通っていないときは相手から目をそらすなど、ストーリーに合わせて工夫しました。

とくに私が気に入ってるのは、第1話のピエタ(イエス・キリストの亡骸を抱きかかえる聖母マリアの慈悲を表した姿)のようにナナ様が沢田さんを見つめているシーンです。

『縛って見つめて』1巻 第1話より(©多喜ざわゆき/新潮社)

ーーMの人は見てほしがるかたが多いですよね。見てもらえることで得られる安心感や解放される感覚や、初めて緊縛を受けた沢田さんが「苦しいはずなのにきつく抱きしめられているみたいだ」と感じるなど、M側の心理描写も秀逸です。

『縛って見つめて』1巻 第1話より(©多喜ざわゆき/新潮社)

多喜:私はモノローグを描くのが苦手なんです。あと、沢田さんは男性なので、モノローグが多すぎると、なんというか、女性っぽい印象になってしまうなと思い、端的でシンプルな言葉を選んで言ってもらうようにしました。

でも、男性の読者さんから「沢田さんは男性だけど、縛られてうっとりと感じているところが女装子さんっぽいね」と言われたこともありましたね。

Mの人って「この一瞬が永遠だったらいいのに」とか「今、このひとを独り占めできているのがうれしい」とか、感受性豊かなかたが多くて、うらやましいです。「最高に胸ときめくシーンにしよう」「相手に心を開くことができた瞬間の快感を表現しよう」と描いた結果、読者のみなさんに共感いただけたみたいですね。

ーー「俺はナナ様にSMを教わりたいです」って、M男さんにこんな風におねだりされたら、S女さんは色めき立ってしまいますね(笑)

『縛って見つめて』1巻 第2話より(©多喜ざわゆき/新潮社)

多喜:そうですね(笑)

このとき、ナナ様は本当にうれしかったと思います。

沢田さんは「笑顔が見たい人」ですね。

緊縛事故と問いかけ

ーー『縛って見つめて』では、SMの快楽だけでなく、緊縛中に怪我をしてしまういわゆる「緊縛事故」も描かれています。これは始めから描く予定だったのでしょうか。

『縛って見つめて』3巻 第13話より(©多喜ざわゆき/新潮社)

多喜:連載を始めて、読者のみなさんから感想といっしょに「初めてSMバーへ遊びに行きました」「緊縛を始めました」とご報告いただく機会が増えました。もちろんうれしいのですが、その分、緊縛事故のことは絶対に描かないといけないなと責任を感じました。

SMプレイって、鞭で打ったり、縄で縛ったり、基本的に危険行為ですよね。

先ほど、リアルに描くか想像で描くかのバランスが難しいとお話ししましたが、ここでは「現実のSMはファンタジーじゃないよ」と言っておきたかったんです。

「SMをやってみたい!」と盛り上がっている読者の気持ちに水を差すわけですから、描かないという判断もあったのかもしれませんが。

「お店では緊縛事故は起きないでしょ」と考えるひともいるかもしれませんし、もちろん、プロのみなさんは相手を注意深く観察されていらっしゃるのですが、「絶対はない」と思います。

ーー多喜さんのSMと読者に対する誠実さを感じますね。『縛って見つめて』は、読者が思わずはっとするような問いかけもしています。たとえば、初めて訪れたフェティッシュバーで、沢田課長がナナ様の緊縛を「俺みたいなおじさんが」と遠慮したときに、バーのオーナーのマリさんが「沢田さんが決めて? あなたはどうしたい?」と言いました。SMをテーマにした作品で「自分はどうしたいか」と問いかけることは、とても意味があると思います。

『縛って見つめて』1巻 第1話より(©多喜ざわゆき/新潮社)

多喜:これは女王様や緊縛師のみなさんからも「すごくいい」とおっしゃっていただきました。

「自分はどうしたいか」は、私にとっても重要なテーマです。漫画家になるまでは他人軸で生きてきてしまったので。自分で決めてこなかった人が、急に「自分で決めて」って言われても、うまく答えられないんですよね。

周りに合わせて、場を乱さないことが当たり前だって教えられて、そのまま大人になってしまったひとってたくさんいるんじゃないかなと思います。

ーーマリさんの「「人の数だけSMがある」って言うけど信頼関係の話よね」「手綱を取り続けなきゃどんな愛も離れていくわ」という台詞は、読むひとによって解釈が変わりそうです。

『縛って見つめて』1巻 第4話より(©多喜ざわゆき/新潮社)

多喜:うーん、「答えを見つけたいなら、相手と向き合う」「この関係を大切にしたいなら、自分から動く」「相手のサインを見過ごさないようにする」、みたいなニュアンスですかね。

少し抽象的な話ですが、相手を試して愛と確かめる行為も、度を越せばずるいですよね。延々と試す側は、相手に苦労をさせるだけさせて、愛がないんじゃないかな、と。試される側は、試され続けると気持ちが離れてしまいますし。

「SMは痛めの愛情表現」

ーー多喜さんご自身についてもお伺いしたいと思います。もともとフェティッシュなものはお好きでしたか?

多喜:子どものころから、女性のヌードとかボンテージ姿に興奮して憧れたり、山田詠美さんの『ひざまずいて足をお舐め』を読んで男性器に針を刺すシーンに衝撃を受けたり、変態だったと思います(笑)

でも、当時は親が厳しくて閉鎖的な環境にいたので、性的なことに関心をもつのに、罪悪感とか背徳感とか恥じらいがずっとありました。

それが、10年前くらいに初めてSMバーへ遊びに行ったら、みんなオープンに性の話をしていて、緊縛にも感動して、解放されたんですね。

この経験が読切の『縛って見つめて』につながりました。

ーー読切の『縛って見つめて』が生まれた経緯をもう少しくわしく知りたいです。

読切はこちら
縛って見つめて – 多喜ざわゆき / 縛って見つめて | くらげバンチhttps://kuragebunch.com/episode/4856001361540244755

多喜:当時の編集担当さんからは「多喜さんの描く女性像が好きだ」って声をかけていただいたんです。

でも、『縛って見つめて』を読んでいただいた方はわかると思いますが、私は不憫なおじさんが好きで可愛がりたいと思ってて(笑)

先ほどお話ししたSMバーで解放された経験も一度は描いておきたいと思っていたので「おじさんが女王様に縛られる話を描きたい」と提案したら、「いいですね、それでやってみましょうか」と編集担当さんに言っていただいて決まりました。

読切を発表したあと、編集担当さんと「これは連載向きじゃないかもね」と話していたんですが、ありがたいことにSNSでバズりまして、連載化することになりました。

読切の『縛って見つめて』は、お店の呼び込みかたが強引とか、お酒を飲んだ状態で緊縛するとか、いろいろ反省点があります。

読切と連載の第1話は、ストーリーに重なる部分もあるのですが、上記の点は反省も踏まえて変更しました。

ーー『縛って見つめて』を描くうえでインスピレーションを受けた作品はありますか。

多喜:漫画では、甘詰留太先生の『ナナとカオル』、六反りょう先生の『アフター5の女王たち』、新井英樹先生の『SPUNK-スパンク!-』などをリスペクトしています!

映画だとSMとラブコメディが合わさった『セクレタリー』(スティーヴン・シャインバーグ監督)が大好きです。SMがテーマではありませんが『Shall we ダンス?』(周防正行監督)もお気に入りで、こういう感じの話が描きたいって思っていました。

新しい世界にふみだす葛藤、心のつながりや心のぶつかり合い、自分を貫く姿に熱いものを感じます。

SMをテーマにした作品はすでにたくさん世に出ていますよね。

すばらしい作品ばかりで、『縛って見つめて』を描く前は「SMをテーマにした漫画をわざわざ自分が描くことはないだろうな」と思っていたくらいです。

自分の描きたいことがぶれてしまうので、影響を受けすぎないように気をつけています。

ーーSMにかかわる前と後で、SMの見えかたは変わりましたか。

多喜:もともと変態だったので……(笑)「怖そう!」とかは思っていませんでした。昔のほうがハードなSMが好きだったかもしれません。痛みが快楽であることに共感していましたし。

漫画家としてSMにかかわるようになってからわかったのは、「SMとはこういうものだ」と定義できないということです。本当に多様で、知れば知るほど定義できなくなりますね。

ーー最後に、多喜さんにとって「SM」とはなんでしょうか。

多喜:痛めの愛情表現、強めのスキンシップ、ですかね。

痛くて苦しいけど、自分を見ててもらえることの悦びを感じられる、そういうものだと思います。

多喜ざわゆき
プロフィール漫画家。小売業のインハウスデザイナーを経てデビュー。2021年に『あやかし遊郭』がヤングマガジン月間新人漫画賞の佳作に選ばれ、同年に『働く!スーパーマン』が第85回ちばてつや賞期待賞を受賞。2023年に読切を発表した『縛って見つめて』が話題となり、2024年に連載化(全3巻完結)。
https://x.com/zwzwyk

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縛って見つめて 2巻 (バンチコミックス) | 多喜ざわゆき | 青年マンガ | Kindleストア | Amazonhttps://www.amazon.co.jp/dp/B0DMNK8XFV

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この記事を書いた人

ふだんはお堅い出版社の不良編集者として勤労しています。

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